仮想通貨への過度の期待は禁物

ロイターにハーバード大学のロゴフ教授のこんな記事が出ていました。

ロイター, 視点:ビットコインの「真価」はいくらか、リバタリアンの誤解=ロゴフ氏

『ビットコインの価値は、仮にその取引の全てをデビットカードやクレジットカードの取引のように当局側で把握できるならば、1万ドルよりもむしろ10ドルに近づくはずだ。』

その通り!

仮想通貨は、電子版子供銀行券と同じか、せいぜい電子マネーと同レベルなので、交通系ICカードの初期費用程度の価値しかないでしょう。だから10ドルも価値があるのかどうか疑わしいです。

今の価格はバブルです。

さて、2017年の9月に別のところで「仮想通貨に価値はない」的な内容の記事を書きました。今回はそれを参考に少し内容をわかり易くしてみました。

① 通貨って何だろう?

国家や統一経済圏等の統治主体により価値が保証され、決済のための価値を交換することが可能な媒体。➡ 取引コストは廉価(ほとんどゼロ)

② 資産って何だろう?

富を生み出すモノ。➡ 預金、債券(債権)、株式、賃貸不動産等

③ 仮想通貨って何だろう?

商店街の商品券(又は大層な技術を組み合わせた割に稚拙な大人版の子供銀行券)。

通貨としての機能と資産としての機能を併せ持つような金融商品が存在すれば非常に便利だと思うかも知れません。しかし、仮想通貨にそんな役割はありません。

価格変動は激しく、取引コストは異常に高い。

Bloomberg, 仮想通貨ビットコイン、実際に使えばクレージー

大事なことですが、国家は万能であることを忘れてはいけません。もちろん「万能」とは、国民にとって万能なのではなく、政治家や官僚達のような国家を統制する者にとって、国家は万能だというい店です。

支配する者(為政者)と支配される者(奴隷・人畜)。

中国がその最先端を行ってるのかも知れません。

Bloomberg, 中国がビットコイン取引所の取引停止求める、月末が期限-関係者

当然のことです。

さて、仮想通貨の本源的な価値を理解を簡単にするために、公共事業(例えば、NTT、電力会社、ガス等)のような定額配当を実施している会社の株券が、通貨として決済に使われている姿を想像しましょう(今の技術であれば全然可能です)。

公共事業関連の株券を電子的に細分化して、決済手段としての通貨として流通されることも、配当という富を生み出す資産としても機能させることも可能で、通貨と資産の両方の価値を備える金融商品そのものと言えます。電子的な取引を行う為だけに存在するならば、別に仮想通貨である必要はないのです。むしろ、裏付けになるお金を産み出す事業が存在する会社の株券の方が、仮想通貨よりも資産として信頼性や価値があると個人的には思います。

何も考えずに平和的に暮らす人畜な人生を歩む多くの人々が、仮想通貨にバブル以外にどのような幻想を抱いているか私には全くわかりませんが、仮想通貨は富を生み出す裏付けとなる資産的要素なんて何もありません。正直ただの地域限定の商品券みたいなもので、信じている人のコミュニティの中でしか使えない商品券に過ぎません。商品券の価値の上昇と、商品券をあたかも価値がありそうなものに見せるブロックチェーン技術との間には、何の関係もありません。

※もちろんブロックチェーンの技術は非常に有益だとは認めますが、資産として富を生み出す原資にはなりません。

それ自体が価値を産み出さないのに価格が上昇し続ける理由は?

簡単ですね。

バブルだからです。

根拠なく価値が上昇してきたからです。

ある日突然、日米欧中の規制当局が結託して仮想通貨を規制対象に加えて、政府・中央銀行が発行する仮想通貨又は規制当局が許可した仮想通貨しか認めないとするルールを決めたらどうなるでしょうか?

恐らくですが、その瞬間にバブルは猛烈にはじけるでしょう。

気を付けましょう。

仮想通貨に過度の期待は禁物です。

統治者にとって、国家は万能ですから(^_-)

おっと忘れる所でした。

こんなチャート皆さんも好きでしょう?

1620年頃のチューリップバブルの時とビットコインの価格の比較です。

出所: Zero Hedoge, It’s Official: Bitcoin Surpasses “Tulip Mania”, Is Now The Biggest Bubble In World History

歴史は繰り返す・・・

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